2人のプロフェッショナルが語り合う(3)
高橋忍(Microsoft)×轟啓介(Adobe)対談――進化するアプリ開発現場でデベロッパーとデザイナーの関係はどうあるべきか?
・2人のプロフェッショナルが語り合う(1)――導入編
・2人のプロフェッショナルが語り合う(2)――解決編
・2人のプロフェッショナルが語り合う(3)――理想編
理想編――デベロッパーとデザイナーの歩み寄りがアプリを進化させる
―― ここまで主にエンタープライズ環境におけるアプリ開発について、デベロッパーとデザイナー間のコミュニケーション、そしてツールの活用に関するお話をうかがってきました。最後に、今後の理想的な開発環境についてどのようにお考えでしょうか。
開発初期からデザインの視点を大事に
日本マイクロソフト デベロッパーエクスペリエンス&エバンジェリズム統括本部 クライアントテクノロジー推進部 エバンジェリストの高橋忍氏(左)。アドビシステムズ マーケティング本部 クリエイティブソリューション第2部 ディベロッパーマーケティングスペシャリストの轟啓介氏(右)
轟 業務系の案件は、デベロッパー側から話が始まるので、それと同等以上にデザインの担当者が最初から加わってほしいですね。コアメンバーになって、「デザインをこうしたほうがいい」などのアドバイスができる環境が望ましいです。
業務アプリは結局のところ、利益を生むためのものでビジネスに直結しています。となると、絶対に使い勝手がよくないとダメなはずなのですが、そこに対するコスト意識は低いと思います。UIに対する考え方、人とシステムの間に対する考え方をちゃんと引っぱっていける人がリーダーの中にいないと、使いやすくなってはいきません。
結局、コストをかけて膨大なシステムを構築しても、機能要件を満たしても、ユーザーからすると使いにくいものができてしまう。そして、結局は効率が悪くなってしまう。そうしたことは誰もが避けたいはずです。
でもデザインの能力が高い人をアサインするとコストがかかるから敬遠されてしまう。その考え方がそもそもおかしくて、「だったら機能を削ればいいのでは?」と言いたいです。語弊がないように言うと、まず実現できるところを機能とデザインのバランスから対等に考えて、原点に立ち返って要件を盛り込むようにしてほしい、ということです。
高橋 そうですよね。私も理想的なアプリを作るプロジェクトとは、最初に要件定義やヒアリングを行う人が、そういうUIデザインをやっていく人であるべきだと僕は思っています。そういう人がプロトタイピングを介してUIから見た機能がまずきちんとでき、そこから技術的に可能かはデベロッパーが裏で並行してやっていく。
最後のギリギリのできるできないは、デベロッパーが頑張れば何とかなることが多いので、デベロッパーに泣いてもらえばいいんですよ(笑)。逆にデベロッパーが最初にできないと決めてしまうと、デザイン側の柔軟性が限定されてしまう。本当は人が中心で、次にUIが来る。そういう形に持っていきたいし、それが成功に結びつくと思います。
UIとUXがお金になるというよりは、ちゃんと投資しなければいけない価値があるものと、そろそろ本気で誰かが言い出さなきゃいけないのかもしれません。マイクロソフトもそれを訴えていく必要があるので、今まで少しは言ってきたつもりなのですが。
轟 ちゃんと言ってくれていたら、僕らは・・・(笑)。
例えば、アプリ導入後にトレーニングコストの問題もありますよね。仮にトレーニングコストが2億かかるとして、あるシステムは改善したUIの導入でそれが5000万まで削減できて1億5000万浮くとします。そのうち1億円をUXに投資といった考え方はできないものでしょうか。
高橋 トレーニングコストを出すのは開発部門ではなく情報システム部門なので、そういう計算をまずやらないでしょう。これらを合わせて評価できる人がほしいですよね。トレーニングまで経て浮いた予算が出てくると、やはりデザインに投資する価値があるのだと、次につながりますが、なかなかそれができないんです。海外のケースで言えば、横断的に別会社を入れて、それを総合的に評価する仕組みがあったりします。
理想の業務アプリとは、ゲームのような楽しさ?
高橋 一方、アプリの世界でも効果測定がきちんと行われ、UIなどのデザインが洗練されて成功していく例も大きく2つあると思います。1つは「一般ユーザーが幅広く使うアプリ」で、「使いにくいと売れないので、どんどん使いやすくなっていく」という分かりやすい構図です。例えば、Microsoft Officeはかなりユーザビリティテストを行っていて、それだけUIに投資し、使いやすさを改善していっています。
もう1つの例が「ゲーム」のアプリです。多くの子供はゲームをやるときにマニュアルなんて読みません。読まなくても、あの複雑な操作をすぐ覚えてできてしまいます。
轟 素晴らしいのは、ゲームというアプリが、ユーザーを育てるんですよね。楽しませながら、少しずつ学ばせていって、次第にそのシステムの達人になっていくという。
高橋 そして子供はそのゲームだけでなく、コンソールゲーム全体のスキルが上がっていくんですよ。ゲームを作っている側も、今は映画を作るみたいにデザインも専門家が分業しています。キャラクターモデリングと背景デザインが別々だったりと。
轟 以前ゲームメーカーのスクウェア・エニックスさんに取材に行ったのですが、もうデザイナーがすごい大活躍していて、開発専門のツールを映画みたいに作るんです。エフェクト用の専門ツールとか、モデリングを確認するためだけのツールとか、全デザイナーが自分のためのツールを、システムから作っているんじゃないですかね。
高橋 ゲームシステム用の中間セットのようなミドルウェアを作るんですよね。そこにフィールドをあてがったり、キャラクターをあてがったり、操作や判定の部分は下のフレームワークが担当して、そうしたツールやデザイナーに近い部分では、よりゲームに近い感覚でプログラミングできるようになっています。そこでは「キャラクターがどうで」「どういう仕様があり」というのをお互いが認識しているんでしょうね。ある意味で理想的な開発環境です。
轟 ゲーム開発の現場は非常に大変と聞きますが、ユーザーからするとゲームは楽しい、つらいわけないですよね。でも業務アプリになると、楽しいなんてあり得ないと考えてしまう。でも、本当はみんな楽しく仕事をしたい。楽しいものを作れれば、それが付加価値になると思いませんか。今日も張り切って勤怠管理するぜ、みたいな(笑)
高橋 仕事はつらいけど、この業務アプリを使っているときは楽しいとか(笑)。そういうアプリコンテストがあると面白いかもしれないですね。楽しいだけでなく、ユーザーを成長させる業務アプリとか、コンシューマー向けやゲームのいい要素を取り入れるのも1つのアイデアだと思います。
―― 本日はありがとうございました。デベロッパーやデザイナーにとって、今後の参考になるいろいろなヒントが得られたと思います。両者の交流の場、そのコラボレーションを生かしたアプリコンテストなど、今後ともぜひ盛り上げていってほしいです。
[インタビュアー:鈴木淳也]